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体系デバイス物理
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バンド理論を1から — なぜシリコンだったのか

電気を通す/通さないを分けているものは何か。原子が集まると準位が「帯」になる話からバンドギャップ・フェルミ分布・ドーピングまでを前提知識ゼロで組み立て、最後に「なぜ半導体はシリコンなのか」の実際の答え——材料の性能ではなく酸化膜——まで到達します。

対象textタスクhardware

「通す」と「通さない」の間

銅は電気を通し、ガラスは通さない。理科で習ったのは導体と絶縁体の2種類でした。ところがコンピュータの中身は、そのどちらでもない半導体でできています。

半導体を「中くらいに電気を通す材料」と説明されることがありますが、これは誤解のもとです。価値は抵抗値が中くらいなことではなく、条件次第で通したり通さなかったりを切り替えられることにある。抵抗が中くらいなだけでいいなら鉛筆の芯で足ります。切り替えられるから0と1が作れて、計算ができる。その「条件次第」を成立させている見方がバンド理論で、最後まで追うと「なぜ世界中のチップがシリコンなのか」にも少し意外な答えが出てきます。

比喩: 満席の1階席と、空っぽの2階席

電子が入れる「エネルギーの席」を、スタジアムの座席に例えます。パウリの排他原理という決まりがあって、1つの席には電子が1個(スピンの向きを含めて2個)しか座れません。だから電子は下から順に埋まります。

肝心なのは、満席の列では誰も動けないという点です。満員電車と同じで、隣が埋まっていれば移動先がない。電流とは電子が動くことですから、完全に埋まった列は電気を運べません。効くのは「電子が多いか」ではなく「隣に空席があるか」——ここが直感に反する第一の関門です。

この見立てで3種類の材料を並べると、こうなります。

満席の1階席を価電子帯、空いている2階席を伝導帯、階段の高さをバンドギャップと呼びます。つまり半導体と絶縁体は種類が違うのではなく、階段の高さが違うだけです。この一文がこの記事の背骨になります。

なお、電子が2階へ跳ぶと1階に空席が1つ残ります。その周りでは電子が動けるので、空席自身が移動していくように見える。これを「正の電荷が動いた」と読み替えたものが正孔(ホール)で、半導体では電子と正孔の2種類が運び屋になります。

なぜ「帯」ができるのか

原子が1個だけなら、電子が取れるエネルギーはとびとびです。決まった高さの棚が数枚あるだけで、その間には存在できません。ここに2個目の原子を近づけると電子の波が重なり、パウリの原理により同じ棚には入れないので、1枚の棚が2枚に割れます。3個なら3枚、4個なら4枚。固体のシリコン1 cm³には約5×10²²個の原子が詰まっているので棚は5×10²²枚に割れ、間隔が細かすぎてもはや連続した「帯」に見える——これがバンドの正体です。

ではギャップはどこから来るのか。結晶の中で原子は規則正しく並んでいて、電子は波の性質を持つので、この周期的な並びに対して特定の波長では反射されてしまう。反射される波は結晶を進めないので、その波長に対応する席が丸ごと消えます。X線が結晶で回折するのと同じ理屈が電子の波でも起きている、と考えてください。

単位はエレクトロンボルト(eV)——電子1個を1ボルトで加速したときのエネルギーです。代表値はゲルマニウム0.66、シリコン1.12、ガリウムヒ素1.42、炭化ケイ素(4H-SiC)約3.3、ダイヤモンド約5.5、そしてシリコンの酸化膜SiO₂が約9 eV。同じシリコンでも酸素と結びつくとギャップが8倍近くになり、完全な絶縁体に化ける。この事実は後半で効いてきます。

仕組み: 階段の高さと、跳べる電子の数

1本目の式は、ある席が電子で埋まっている確率を与えるフェルミ・ディラック分布です。

f(E)=11+exp ⁣(EEFkBT)f(E) = \frac{1}{1 + \exp\!\left(\dfrac{E - E_F}{k_B T}\right)}
(1)

EE はその席のエネルギー、EFE_Fフェルミ準位(埋まり具合がちょうど50%になる高さ)、kBk_B はボルツマン定数、TT は絶対温度。kBTk_B T は「室温の熱がどれくらいの勢いを持つか」を表す量で、300 K(約27℃)でおよそ 0.026 eV(26 meV)です。

つまり式(1)は、フェルミ準位より十分下の席はほぼ埋まり、十分上の席はほぼ空。境目のぼやけ具合が kBTk_B T で決まると言っています。温度が上がるほど境目がぼやけ、上の席にも電子が現れる。

この形は、機械学習でおなじみのシグモイド関数とまったく同じです。下の図で sigmoid を選んでみてください。

FIG 1sigmoid の曲線そのものがフェルミ分布です。横軸を (E_F − E)/k_BT、縦軸を「その席に電子が入っている確率」と読み替えると、x=0(=フェルミ準位)でちょうど0.5、そこから数目盛り離れるだけで0か1に張り付くのが見えます。この「張り付くまでの幅」が室温では約26 meV しかない

2本目が本題。バンドギャップ EgE_g の材料で、熱だけによって伝導帯に上がってくる電子の数(真性キャリア濃度 nin_i)はこうなります。

ni=NcNvexp ⁣(Eg2kBT)n_i = \sqrt{N_c N_v}\,\exp\!\left(-\frac{E_g}{2 k_B T}\right)
(2)

NcN_cNvN_v は各バンドに用意された席の数を表す材料固有の値で、だいたい10¹⁹ cm⁻³ 前後。式(2)の要点は前の係数ではなく、EgE_g が exp の肩に乗っているという一点です。つまり——階段が高くなると、跳べる電子は「少し減る」のではなく「桁で減る」

体感: 指数は桁で効く

室温300 Kでの実測値は1 cm³あたり、ゲルマニウム約2×10¹³個、シリコン約1×10¹⁰個、ガリウムヒ素約2×10⁶個。ギャップが0.66→1.12→1.42 eVと2倍そこそこ動くだけで、電子の数は7桁下がります。

FIG 2曲線の名前は無視して、直線と指数曲線の開き方だけを見てほしい。バンドギャップは exp の肩に乗っているので、1.12 eV と 5.5 eV の違いは「5倍」ではなく「数十桁」になる。対数軸に切り替えると指数関数が直線に化けるのも要点で、半導体の資料でグラフの縦軸がいつも対数なのはこのため

温度の側から読むと、実務に直結する数字が出ます。シリコンでは約10℃上がるごとに nin_i がおよそ2倍。トランジスタがOFFのときに漏れる電流はこのキャリアに由来するので、熱くなるほど漏れ、漏れると発熱し、さらに漏れる。熱暴走という言葉の物理的な中身がこれです。続きはMOSFETを1から電力の物理で扱っています。

コードで確かめる

import numpy as np

kT = 8.617e-5 * 300          # 室温の熱エネルギー [eV] ≈ 0.0259

def n_i(Eg, Nc, Nv, kT=kT):
    """真性キャリア濃度 [cm^-3]。Nc, Nv は材料ごとの「用意されている席の数」"""
    return np.sqrt(Nc * Nv) * np.exp(-Eg / (2 * kT))

for name, Eg, Nc, Nv in [("Ge",   0.66, 1.0e19, 6.0e18),
                         ("Si",   1.12, 2.8e19, 1.0e19),
                         ("GaAs", 1.42, 4.7e17, 7.0e18)]:
    print(f"{name:5s} Eg={Eg:.2f} eV  n_i={n_i(Eg, Nc, Nv):.1e} cm^-3")

# Ge    Eg=0.66 eV  n_i=2.2e+13 cm^-3
# Si    Eg=1.12 eV  n_i=6.5e+09 cm^-3
# GaAs  Eg=1.42 eV  n_i=2.1e+06 cm^-3

実測値(Ge 約2.4×10¹³、Si 約1.0×10¹⁰、GaAs 約2.1×10⁶)と数倍のずれで収まります。NcN_cNvN_v 自体が近似なので一致は望めませんが、指数の中身さえ合っていれば桁は当たる——それが式(2)の性格です。

ドーピング: 100万分の1が6桁を動かす

純粋なシリコンは1 cm³に5×10²²個の原子が詰まっていて、伝導に参加する電子はたった10¹⁰個。ほぼ絶縁体で、回路になりません。そこでドーピング——わざと不純物を混ぜる操作——が入ります。

シリコンは最外殻に電子を4個持ち、隣の4個と手をつないで結晶を作ります。ここにリンやヒ素(電子5個)を混ぜると結合に4個使って1個余り、この電子は数十 meV のわずかな熱で伝導帯へ上がれます。1.12 eVの階段を登らずに済む踏み台が、伝導帯のすぐ下に用意されるからです。電子を供給するのでドナー、電子(negative)が多数派なのでn型。逆にホウ素(電子3個)なら手が1本足りず空席ができ、正孔を供給するアクセプタp型になります。

効き方が劇的です。5×10²²個のシリコン原子に対して100万分の1(1 ppm)だけリンを混ぜると、ドナーは5×10¹⁶個/cm³——もとの10¹⁰個に対してキャリアが約500万倍。抵抗率で言えば10⁵ Ω·cm 台から0.1 Ω·cm 台へ、6桁落ちます。半導体工場が異常なほど清浄度にこだわる理由もここです。狙っていない不純物が同じ濃度で入れば、同じだけ性質が変わってしまう。

なお平衡状態では、ドープしてもしなくても np=ni2n p = n_i^{\,2}nn は電子、pp は正孔の濃度)が成り立ちます。つまり片方を増やすともう片方はその分だけ減るという関係で、上のn型なら pp は10³台まで落ちて正孔がほぼ絶滅します。n型とp型を接触させたときに何が起きるか——pn接合とダイオード——の出発点が、この非対称性です。

なぜシリコンだったのか

史実として、最初のトランジスタはシリコンではありません。1947年にベル研究所で作られた点接触トランジスタはゲルマニウム製で、1958年のキルビーの集積回路もゲルマニウムでした。当時はそちらのほうが高純度に精製しやすく、移動度でも有利だったからです。では、なぜ入れ替わったのか。

1. バンドギャップ(0.66 vs 1.12 eV)。 ゲルマニウムの真性キャリアはシリコンの数千倍、つまり漏れ電流が数千倍あり、しかも温度で指数的に増えます。室温の実験室では動いても、自動車のエンジンルームや軍用機器では動かない。シリコンなら接合温度150℃級まで持ちます。

2. 入手性。 ケイ素は地殻中で酸素に次いで2番目に多い元素、要するに砂です。ゲルマニウムは希少で、他の金属精錬の副産物として少量しか採れません。融点1414℃という耐熱性も、後の高温プロセスで効きました。

3. 決定打は酸化膜。 シリコンを高温の酸素にさらすと、表面にSiO₂が自然に育ちます。約9 eVのギャップを持つ完全な絶縁体で、硬く、水に溶けず、下地と良好な界面を作り、しかもドーパントの拡散を止める。おかげで「酸化膜を張る→写真製版で必要な場所だけ開ける→そこにだけ不純物を打ち込む」という手順が成立します。1959年にフェアチャイルドのジャン・ホーニが確立したプレーナ・プロセスで、今日の集積回路はすべてこの延長線上にあります。ゲルマニウムの酸化物GeO₂は水に溶けてしまい、同じことができませんでした。

だから答えは直感に反する形になります。シリコンが勝ったのは、材料として最も優れていたからではなく、その「酸化物」が最も優れていたからです。 移動度だけならガリウムヒ素が速く、発光用途では直接遷移型のGaAsやGaNが圧倒的に有利です(間接遷移型のシリコンは光を出すのが極端に苦手で、LEDになりません)。それでも量産の土台になったのは、製造プロセス全体として成立した唯一の材料だったから。材料の性能ではなく、システムとしての勝利でした。

もっともSiO₂の天下も一枚岩ではなく、微細化でゲート絶縁膜が1 nm前後まで薄くなると電子がトンネルして漏れ始め、2007年前後からゲート部分にはハフニウム系の高誘電率膜(high-k)が使われています。経緯はムーアの法則の実際で扱っています。

現場ではこう使う

誰が、いつ触るか。 デバイス/プロセスエンジニアが新プロセスの素子特性を決めるとき、パワーエレクトロニクスの設計者が素子を選定・ディレーティングするとき、太陽電池やLEDの設計者が材料そのものを選ぶとき。組み込みのハード設計者も、動作温度範囲を決める段で必ずここへ戻ってきます。

実際に触るパラメータ名。 ドーピングは「濃度」ではなくドーズ量(イオン注入の総量、cm⁻²)と加速エネルギー(keV、深さを決める)で指定し、後続のアニール(RTA)まで含めて1セットです。確認はシート抵抗(Ω/sq、四探針)とSIMSによるドーパント深さプロファイル。データシート側で見るのは EgE_gnin_i、逆方向漏れ電流 IRI_R、接合温度 TjT_jサブスレッショルド・スイング(SS, mV/decade)。シミュレーションはTCAD(Sentaurus / Silvaco)、回路側はSPICEのBSIMモデルパラメータです。

知らないと事故になる落とし穴。

面接や設計レビューで問われる形。 「なぜシリコンなのか」——酸化膜と製造プロセスまで行けるかが分かれ目。「nin_i の温度依存は」——指数関数、約10℃で2倍。「60 mV/dec はどこから来るか」——フェルミ分布の kBTk_B T から。この3つで、バンド理論が道具になっているかどうかがそのまま出ます。

まとめ

次は、n型とp型を貼り合わせてゲートを乗せるMOSFETを1からへ。ここで見た漏れ電流が現実にどう牙をむくかがつながります。この物理が実際のウェハ上でどう形になるかはチップはこう作られるが対応します。

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