NANDフラッシュの物理 — 電子を閉じ込めて記憶する
電源を切っても消えないのはなぜか。絶縁体の島に電子を閉じ込めてしきい値電圧をずらす、というたった1つの原理から、トンネル書き込み・多値化・3D積層・摩耗までを前提知識ゼロで積み上げ、SSDの仕様書とSMARTの数字が読めるところまで持っていきます。
電源を切っても消えないのはなぜか
USBメモリを引き抜いて引き出しに半年しまっても、中の写真は残っています。当たり前に見えますが、コンピュータの中で「電気を切っても状態が残る」部品はむしろ少数派です。メインメモリのDRAMは数十ミリ秒ごとに読み直して書き戻さないと内容が消えますし、CPUのレジスタやSRAMは電源が落ちた瞬間に空になります。どれも、電圧をかけ続けることで状態を保っているからです。
ではフラッシュメモリは何をしているのか。答えは素朴で、電子を、出口のない部屋に閉じ込めている。閉じ込められた電子は電源を切っても行き場がないので、そこに居続けます。記憶が電気的に維持された状態ではなく、物理的な電荷の居座りである——ここがDRAMとの決定的な違いです。
比喩: 通り道の真上にある、扉のない屋根裏
トランジスタは水門だと思ってください。ゲートに電圧をかけると水路(チャネル)が開いて電流が流れ、抜けば閉じる。これがMOSFETで、チップの中はこのスイッチで埋め尽くされています。フラッシュのセルは、これに部品を1つ足しただけです。ゲートと水路のあいだに、どこにも配線されていない小さな島を挟む。周りは全部絶縁体で、電気的にはどこにもつながっていません。これがフローティングゲート(浮遊ゲート)、名前のとおり宙に浮いた島です。
ここに電子を押し込むと、その負電荷が真下の水路にとって「重し」として効きます。水門を開けようにも、重しの分だけ余計に力が要る。つまりフラッシュが記憶しているのは電子の有無そのものではなく、その重しのせいで、このスイッチが何ボルトで開くようになったかです。読み出しとは、決めた電圧をかけて「開いたか、開かなかったか」を見ることに他なりません。
仕組み: しきい値電圧を書き換える
スイッチが開き始める電圧をしきい値電圧 と呼びます。浮遊ゲートに溜めた電荷を 、浮遊ゲートと外側の制御ゲートのあいだの静電容量を とすると、しきい値のずれはこう書けます。
要するに、溜めた電子の数に比例して、スイッチを開けるのに要る電圧が上がる。 は電子なので負の値で、マイナス符号と打ち消し合って は正になります。 が分母にあるのは、同じ電荷でも容量が大きいほど電圧の変化が小さくなるからで、コンデンサの そのままです。
そして、この式は連続量です。電子を入れるか入れないかの2択ではなく、何個入れるかでしきい値を好きな位置に置ける。あとで出てくる多値化は、この一行から出てきます。
書き込みはトンネル効果
絶縁体の壁は電子から見て3電子ボルト程度の障壁で、室温の熱エネルギー(およそ0.026電子ボルト)の百倍以上あります。熱で飛び越えられる高さではない。だから記憶が何年も保つのですが、逆に言えば書き込む手段もないことになります。
そこで使うのが量子力学のトンネル効果です。強い電界をかけると、電子は壁を越えるのではなくすり抜ける。NANDが使うファウラー・ノルドハイム型では、電流密度 は電界 に対しておおよそ次のように振る舞います。
言い換えると、電界を少し上げるだけで、通り抜ける量が桁で跳ね上がる(、 は材料と障壁で決まる定数)。 が小さいうちは事実上ゼロ、あるところから急に効き始める。この極端な非線形性がフラッシュの正体です。何十年も漏れないのに、20ボルト近くをかけた一瞬だけ通る——不揮発性と書き換え可能性という相反する性質が、この1本の式の上で同居しています。
消去がブロック単位である理由
書き込みは制御ゲートに高電圧をかけて電子を島へ引き込む操作ですが、セルにはばらつきがあるので1発では狙いに入りません。実機は1発当てる→読んで確かめる→足りなければ少し電圧を上げてもう1発という階段を登ります。裏を返せば、細かく揃えたいほど段数が増え、書き込みは遅くなる。
消去は逆向きで、基板側に高電圧をかけて電子を引き抜きます。ところがこの基板(ウェル)は多数のセルで共有されているため、消去は数千ページをまとめたブロック単位でしか行えません。読むのも書くのもページ単位、しかし消すのはブロック単位——フラッシュの使いにくさの大半は、この非対称から来ています。
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